2009年09月29日

「長い間の同志でしたね。」

 
 統一教会系の企業の元理事長のKさんが、癌のため病院に入院され、当時私もその下で働いていたし、長い間、指導していただいた立場であったので、何回かお見舞いに行った。


 主治医によると、Kさんの癌は末期で手術は難しいとのこと。


 ここ数日間、たくさんの昔の仲間が、お見舞いに来て、さながら同窓会の様子を呈していた。私もその中に入り、ひと時楽しい会話が弾んだ。


 海外にいる一人娘であるOさんも、孫娘をご主人のご両親に預けて、帰国されていた。親子ともども覚悟は出来ていて、既に昇華式(お葬式)の時のスピーチまで吹き込んであるという。


 住んでいた家の家財道具なども処分するので、貰って欲しいとOさんが、私の娘にも言っていたそうである。


 そのような話を、親子とも笑いながらお話されるので、なんと言う親子だろうと驚くやら感心するやらであった。


 先日、一人娘のOさんと私の娘と私で、Kさんのお見舞いに行った。私の娘の子供(孫娘)も連れていたので、お互いの孫の話などをひとしきりしたあと、先ほどの昇華式のスピーチのことをこの時、お聞きした。


 そして、別れ際に、Kさんの言われた一言に胸を打たれた。「あなたとは長い同志でしたね。またどこかでお会いしましょう」と言われて、私と娘に握手をして下さった。


 私はその一言を聞いて、返事に困って「まだまだですよ」と言いながら、心は感動に打ち震えていた。

 
posted by hiro at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月25日

「主よ誰よりも」


 こんにちは。最近忙しくて、少しブログから遠のいていました。


 先日の統一教会O支部の礼拝で、感動することがありましたので、お伝えしようと思います。


 ここの教会長(教域長)は、学生時代はミッション系の大学で4年間合唱部に所属し、賛美歌ばかり歌ってこられたそうで、歌がとてもお上手です。


 先日の礼拝の中で、2つの歌を紹介されました。そのひとつが「主よ、誰より」もでした。


 皆と一緒に賛美されながら、「自分は、統一教会に入る前、色々な講義をたくさん聞かされたけど、何も心に残らなかったが、この歌に感動して入ることになった」と。


 私は教会長の人となりと、その語り口調とまた歌の歌詞の内容に感動して、目が涙でうるみ、配られていたプリントの歌詞の文字が、浮き上がって見えて、なお更、感動に輪をかけました。


 もうひとつの歌は「あなたは、人に愛される為に生まれた人」という韓国語の歌で、教会長が、韓国留学中に出遭った曲で、その間、学んださまざまな内容よりも、この歌の衝撃が強かったと言うことにも感動しました。


 そしてこの曲は、今、自殺予防の曲として、ネット上で有名な曲だと言うこと事も知りました。


 教会長の証し的説教に感動し、その余韻でこの2つの歌の生まれる背景を調べてみました。


「主よ誰よりも」の歌を歌っている上原令子さんは、沖縄出身で日本人女性と米兵との間に生まれ、父親の顔を知らない。


 悲しい過去を持つ彼女が、それを乗り越え、クリスチャンになり、その感動を歌った歌が、この「主よ誰よりも」という歌になったと言うことを初めて知り、感銘を受けました。


 「あなたは、愛される為に生まれた人」は、ラブソングで、韓国語の持つ独特な雰囲気と女性の甘い歌声が、「冬のソナタ」と似たような、切なく胸に響き、感動します。


 実はこの歌は、日本人牧師と韓国人牧師の協力で生まれたということを知り、日韓の合作でこのような素晴らしい歌が出来た事に、感銘を受けました。


 歌が生まれる背景には、さまざまな物語があります。それを知ってその歌を見つめるとまた感動が、深いものとなることを知りました。


 読んでいただき有難うございました。
posted by hiro at 22:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月12日

「君たちに原因があるのでなく、先生に原因がある。」


日本の統一教会の教会員が、ある時の集会の会場で、文先生(文鮮明先生・統一教会創始者)にお会いした途端に、何人もの人たちが、号泣したことがあった。


それをご覧になった文先生が、次のように言われた。「君たちが先生を見て泣くのは、君たちに原因があるのではなく、先生に原因があるんだよ。かつて、先生が日本の為にどれだけ精誠を尽くし、泣いたか解らない。」


 私たちが、人を伝道するにおいて、伝道に出かける前に、その対象者のためにどれだけ祈り、精誠を尽くしたかによって、その伝道が実るか否かが決定する。


たとえその人で実らなかったとしても、その精誠は積まれて、いつか必ず実るときがくると教育を受けた。


 このことは、より良い人間関係を築く上に於いて、見えない部分であるが、とても大切なことである。


親切心や思いやりと言った配慮が出来る人は、愛のある家庭環境の中で、知らず知らずのうちに、身につけたものである。


 社会の中でも、親のような愛の心を持つ人が増えることが、世の中を良くしていく力強い原動力になると思う。


そういった意味で、宗教や道徳の果たす役割は大きい。


 そして、その核心的部分が、家庭の再建である。親の果たす役割の大きさに私達は、もう一度、覚醒されなければならない。


 今日も読んでいただき、有難うございました。
posted by hiro at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
プロフィール
一言:息子2人、娘2人の父親。長男と長女は結婚し長女に孫娘誕生。次男と次女は大学生です。
鹿児島市出身、豊島区在住。
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