2009年08月27日

昆虫の寿命

前回の記事の関連で、蝶々の写真を2枚付けてみました。

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 昆虫の寿命について、インターネットで調べてみました。興味深い所だけ、転載しました。



 「昆虫の寿命は、短いものだと考えていないだろうか。


 その代表がカゲロウで、成虫になってから1日からせいぜい3日、生きると言われている。


 ところが、何と100年以上生きる昆虫がいると知って驚いた。
 オーストラリアに住む、ある種のシロアリの女王がそうだと言う。


 一般に、シロアリは多数の個体が、集団をなして生活しており、女王、王、副女王、副王、働きアリ、兵隊アリなどいて、仕事を分担している。


 女王の寿命は、イエシロアリで10〜15年。一生の間に100万個以上の卵を生む。
 

 本当に、100年も生きるシロアリが、いるのだろうか。
 オーストラリアに住む、ナスティテルメス・シロアリの女王がそれで、成虫になってから100年も生きるという。


 昆虫は一般に寿命が短く、ショウジョウバエで2週間、初夏のモンシロチョウで約50日、カブトムシでも長生きして130日程度。」

 
 (農学博士 安富和男の話として、あきた昆虫博物館のHPより引用)。

                 (栗田昌裕。050814記)

posted by hiro at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人生の3段階

 今日は、文鮮明先生のみ言をひもときながら、人生の3段階について考えてみたいと思います。

 
「私達の一生は、母の腹中で10ヶ月、地上界で空気を呼吸して約100年、それから永遠の天上世界で永世するように創造されました。
 

 私達が生まれて、正常で健康な人生を営むには、腹中での準備が絶対に必要であるように、私達の地上生活は、次の段階である霊界の人生のために、徹底した準備の人生でなければならないということです。

 
 言い換えれば、私達はいつ、どこで、何をしても、霊界の先祖達が私達とともにいる事を忘れず、霊界と歩調を合わせて暮らす人生でなければなりません。


 精誠と祈祷で霊界と交わって暮らす、地上で完成した霊界人になりなさいということです。」

                      (平和訓経91頁)


 人の一生は、地上世界の約100年の人生だけでなく、その前のお母さんのお腹の中で、10月10日水中生活をしてから、オギャーと生まれてきます。


 そして地上で、幼年期、少年期、青年期、壮年期、老年期を経て霊界へ旅立ちます。その地上の人生を、世の為、人の「為に生きる人生」、「愛を完成する人生」として生きなさい。そして、それが永遠の幸せを得る道であると、文先生は仰います。


 昆虫も、水の中で過ごした後、地上に出てさなぎとなり、そして羽化して空を飛び回る一生を送ります。


 蝶々でさえも、空を飛び回って、花から花へ蜜を吸いながら楽しそうに、一生を終えるのに、万物の霊長である人間が、空を飛べないはずがあろうかと・・・。


 最近は、霊界の話題もよくテレビなどで放映されています。


 ところで、死後の世界があると信じて生きる人生と、死後の世界などなく、死んでしまえば無に帰すと思って生きる人生とでは、前者の方がよりよい人生を生きられるような気がします。


 とりとめもない文章に、なってしまいました。読んでいただき有難うございました。
posted by hiro at 17:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月19日

心暖まる記事

 こんにちは。夏の高校野球も3回戦に入り、熱戦が繰り広げられています。自分の郷里の高校が出場すると、つい熱が入りますね。私の郷里の高校は2回戦で負けてしまいましたが・・・。

 ところで、今日の読売新聞の一面の編集手帳に、心暖まる記事が書いてありましたので、読売新聞を取ってない方のために、投稿します。

 
 『ドイツのソプラノ歌手エリカ・ケートさんは、言語の響きや匂いに敏感であったらしい。歓談の折に語った比較論を「劇団四季」の浅利慶太さんが、自著に書き留めている。

 イタリア語を「歌に向く言葉」、フランス語を「愛を語る言葉」、ドイツ語を「詩を作る言葉」と表した。

 日本語は―浅利さんの問いに彼女は答えたという。「人を敬う言葉です」(文芸春秋刊「時の光の中で」)

 一昨日、甲子園の高校野球中継で実例に接した。横浜隼人(神奈川)戦に完投した花巻東(岩手)菊地雄星投手の勝利インタビューである。

 「これまでも練習試合で対戦し、ずっと横浜隼人のようなチームになりたかった。きょう勝てて、少し近ずけたかなと思う」。

 選抜の準優勝投手で、屈指の左腕で、文句無しの快投を見せた直後で、多少の大口は許されるだろうに、この言葉である。

 実を言えば小欄は郷土の代表、横浜隼人を応援していたのだが、負かされた悔しさはどこかに消えていた。言葉は、人の心を潤す魔法の水だろう。

 折しも列島は選挙一色、激戦の中でも「人を敬う言葉」は忘れずにいて欲しいものである。』


 読んでいただき、有難うございました。
 
posted by hiro at 17:03| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
プロフィール
一言:息子2人、娘2人の父親。長男と長女は結婚し長女に孫娘誕生。次男と次女は大学生です。
鹿児島市出身、豊島区在住。
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