2009年07月31日

栄光の王冠

 こんばんは。先日、統一運動のパネル展示会が都内の教会であり、参加してきました。
 統一運動の創始者である文鮮明師が、16歳の時、作詞された詩が掲げてあり、それを読んで感動しましたので紹介します。


 「栄光の王冠」

私が人を疑う時、私は苦痛を感じる
私が人を審判する時、私は耐えることができない
私が人を憎悪する時、私は存在の価値を失う

しかし、もし私が信じれば、私は間違いなくだまされる
私がもしも愛すれば、私は反逆に逢う
今宵 私の頭と身は、苦痛と悲しみに震えている
私が間違っているのか

そうだ、私が間違っているのだ
しかし、私がだまされても、私はまた信じる
私が反逆に逢っても、私はまた赦す
私は私を憎悪するものを、ことごとく愛するだろう

おお、主よ! 愛するという痛みよ
私の手を見てください
この私の胸に、主の御手を当ててみてください
私の胸は言うに言えない
苦悩の中で破裂しそうだ

しかし、反逆した者を
私が愛する時、勝利を成就するだろう
もし、あなたも私のように愛するなら
私はあなたに、栄光の王冠をささげよう 


 文鮮明先生が、天に召命された16歳(数え年)の時、書かれたこの詩は、2002年世界詩人協会で主催された、世界詩コンテスト大会で最優秀賞に選定されました。

 16歳(満15歳)の時に、既にこのような心境に達しておられたからこそ、現在の統一教会をここまで世界的に発展させてこられたんだなと思いました。
posted by hiro at 19:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月24日

徒然日記

 昨晩、犬の散歩で近くの公園を通り抜けたら、蝉の声がジージーと聞こえていました。まだそんなにうるさくは感じませんでしたが、8月の中旬から終わり頃になると、うるさく感じるほどになります。
 
 夜だったし小雨がぱらぱら落ちていたこともあり、まだじっとり汗ばむ感じは少ないでした。

 一昨日は南日本のほうで、皆既日食が数十年ぶりに見れるとの事で、鹿児島県の悪石島では人口の3倍もの観光客が訪れたそうですが、生憎の雨で観察できなかったそうです。

 それでも、皆既日食の時間帯には、少し薄暗くなったり、温度が1,2℃下がったりする体験が出来て良かったと、来訪者はそれなりの感想を述べていたようです。

 ところで、季節の変わり目を感じるのに、私にとっては犬の散歩の時が絶好の機会になっています。3月の下旬になるとやはり近くの公園の桜を鑑賞したり、桜並木の下を自転車で犬を引き連れて走っています。

 この時期が、1年の中で私は一番好きです。まだ肌寒い中に、なんとも言えない心地よさを感じます。そして、桜吹雪の中を走り抜けるのは、とても素敵なものです。

 しばらくして、5月になると、これも公園の中を犬を連れて散歩しながら、新緑の香がなんとも言えず、美味しいと言った気持ちになります。

 秋になると、これも10月下旬から11月頃でしょうか、銀杏の実がたくさん落ちる頃、これも独特の香を放ち、晩秋の季節を感じさせます。

 時々、拾い集めては、もって帰り、きれいに剥いて少し乾かした後、フライパンで炒って食べると美味しいです。

 取りとめも無く書きましたが、読んで頂いて有難うございます。
posted by hiro at 13:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月21日

中曽根靖弘元首相について

 おはようございます。今日、衆議院は解散で、8月18日公示、8月30日選挙になるようです。これからまた騒がしい選挙運動が始まります。世界的金融不況の中で、日本の舵取りを誤らないような政権を作って欲しいものです。

 日本の政治家の元老である、中曽根靖弘元総理にまつわるエピソードがあり、読んで感動しましたので、掲載します。


 この「ロン・ヤス」関係が、醸成される背景にあったエピソードを披露しておきましょう。レーガン大統領との朝食会の前日、ブッシュ副大統領が晩餐会を開いてくれました。その席で私は、次のような挨拶をしたのです。

 「今回の訪米に同行している次女の美恵子は、小学生だった11歳の時、インディアナ州ミシガンシティのモルト・ウインスキー氏のお宅に、ホームステイしたのです。高校時代は互いに1年間、娘を交換留学させました。

 ウインスキー家とは、20年近い交流が続いています。今回の訪米に際しても、一家をあげてわざわざワシントンまで駆けつけてくれて、一同抱き合って再会を喜び合ったばかりです。

 かつて、11歳の娘の美恵子をアメリカに送り出す時、家内と「いつか総理大臣になって訪米する時が来たら、その時は美恵子が通訳をやってくれるといいな」と夢見たものですが、その後20数年、政治家として家族とともに、幾山川を越え風雪に耐えて、ここワシントンを訪れ、それが今、現実になって感無量です。

 国と国との関係も、個人の家庭の友情で結ばれて、初めて強固になると思います。日本とアメリカの関係も、ウインスキー家と私の家のように、友情と信頼で築き上げたい。」

 話の途中で、つい感情がこみ上げて、言葉を詰まらせてしまったものですから、聴いていたブッシュ副大統領、シュルツ国務長官、ワインガーバー国防長官、ブロック通商部代表、ボールドリッジ商務長官など、並んでいた閣僚皆がハンカチを取り出して、目頭を押さえるという一幕がありました。

 翌朝、シュルツ国務長官から、前夜の話を聴いたレーガン夫妻も目に涙を浮かべていたといいます。それで、レーガン大統領は、朝食会で「ロン・ヤス」と呼び合おうと言い出したのです。

             中曽根靖弘著「自省録」より引用
posted by hiro at 10:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
プロフィール
一言:息子2人、娘2人の父親。長男と長女は結婚し長女に孫娘誕生。次男と次女は大学生です。
鹿児島市出身、豊島区在住。
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